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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)873号 判決

原告

鈴木助治郎

右訴訟代理人弁護士

伊藤幸人

被告

鉄道用品株式会社

右代表者代表取締役

斎藤藤吾

被告

花島一郎

右両名訴訟代理人弁護士

伊藤久松

主文

被告等は、原告に対し、各自金五万円及びこれに対する昭和三五年一〇月二八日より支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告等の負担とする。

本判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

理由

被告会社が鉄道用品の取扱を目的とする会社で、被告花島が、その被用者として右会社所有の貨物小型自動車四ーやー六四一六号の運転者であること、被告花島が、被告会社の業務を行うため原告主張の日時に原告主張の場所で右自動車を運転して通行し、その際自動車が原告に接触して、原告が、原告主張の部位程度の負傷をし、原告の自転車が破損したことは、当事者間に争いがない。

まず、右衝突事故が、被告花島の過失に起因するものかどうかについて判断する。原告本人尋問の結果及び被告花島本人尋問の結果によれば、被告花島は、トヨペツト小型貨物自動車を運転して、新四ツ木橋方面から松戸方面に向けて本件事故現場に差し掛つた際、前方の京成電車軌道踏切の遮断機が降りていて、自動車が三列に並んで停車しており、そのうち右側二列は、踏切手前約六十米の横断歩道に達し、さらに横断歩道上を避けて後方に続き一方左側の一列は、その後尾が右横断歩道の前方約二十米の地点にあり、従つて横断歩道の前方にはなお進行して停車できるだけの十分の間隔があいていたこと、そのため、横断歩道の後方から進行して来た被告花島は、この左側の列の最後尾に着くべく、二列に並んだ自動車の左側を徐行進行し、右横断歩道上に達したとき、自転車に乗つて右側から横断歩道上を横切つて来る原告を発見し、直ちに急停車措置を取つたが及ばず、原告の自転車の前輪部に自己の運転する小型貨物自動車の車体右前部を接触させたことにより、原告を道路上に転倒させたこと、原告は、歩行者と同程度の低速度で横断歩道上を進行中であつたことが認められ、これに反する証拠はない。しかして、自動車運転者は、横断歩道を通過する際には、横断通行者の有無及びその安全を確かめて通過すべき義務があり、本件のごとく、横断歩道をはさんで車輪が列をなしていて、横断通行者の有無及びその安全の確認が困難な状態にあるときは、横断歩道の手前において、一旦停車する等の措置を講じて、横断通行者の有無及びその安全を確かめたうえ、通過すべき義務があるものというべきである。しかるに、被告花島は、横断通行者の有無及びその安全確認の措置をなんら講ずることなく、漫然横断歩道上を通過しようとしたものであり、本件事故は、被告花島が前記注意義務を怠つた過失に起因することが明らかである。

しかしながら、本件事故発生、ことに原告が顔面強打により顔面に五針も縫う裂傷、歯二本折損、義歯損壊、左手及び胸部に全治四十日の打撲傷のような大きな傷害を受けるに至つたことについては、原告自身にも一半の責任があるといわなければならない。そもそも、横断歩道は、歩行して通行すべきものであつて、自転車に乗つた儘通行すべきものではない。さらに、横断歩道上とはいえ、前記のように雑踏し二列にも並んだ自動車の間を通り抜ける危険を犯すのであるから、一旦自転車を降りて、雑踏してくる自動車の進行に注視し、安全を見極めてから通過すべきであつた。しかるに、原告は、自転車に乗つた儘漫然横断歩道内に乗り入れ一旦自転車を降りて自動車の進行を注視することもなく進行した結果、衝突するまで被告花島の自動車に気付かなかつたものであること、その本人尋問中において自認するところである。

原告において、自転車を降りて横断歩道上を歩行し、自動車の進行に十分注視しつつ横断したならば、本件のような原告が額から道路上に叩きつけられるが如き事故は、未然に避けられたものというべく、結局右事故による原告傷害の結果は、双方の側に存する過失が競合して生じたものと認められるから、本件損害賠償の額を定めるに当つて、被害者である原告の前記過失は当然参酌されるべきものである。

そこで、損害額について審究する。原告本人尋問の結果とこれにより成立を認めうべき甲第一号証から第三号証によれば、原告は本件事故による負傷の治療費として金四一七円、本件事故により汚損した洋服の洗濯代として金三八〇円、本件事故により損壊した自転車の修理費として金八〇〇円、本件事故により破損した義歯の入れ換え費用として金一二、〇〇〇円をそれぞれ支出したことが認められ、これに反する証拠はないが、原告がこれ以上に義歯治療費を支出し、或は治療雑費金三、〇〇〇円を支出したことを認めるに足る証拠はない。さらに、原告本人尋問の結果によれば、原告は指圧師として年間平均して一日に少くとも金一、五〇〇円の収入をえていたものであること、原告は本件事故による負傷のため二カ月間休業したことが認められ、これに反する証拠はないから、原告は、本件事故により、少くとも原告請求の金七五、〇〇〇円の収入を失つたものというべきである。しかして、右原告の蒙つた損害のうち被告花島の賠償すべき額は、前記原告の過失につき民法第七二二条第二項の規定を適用し、金三五、〇〇〇円と定めるを相当とする。  次に慰謝料について考慮すると原告本人尋問の結果によれば、原告は六八才の老齢ながら指圧師界の指導的地位にあり又一家の中心として元気に仕事に従事していたところ、本件事故により約五十日間就労不能になり得意先を失い、また負傷により日常生活に不便を感じるなどその精神的苦痛はかなり大きなものと認められるが、本件事故発生につき原告もその過失の責を免れえないものであること前示のとおりであり、その他諸般の事情を参酌したうえ、原告の精神的損害に対する慰藉料の額は金一五、〇〇〇円が相当と認められる。

被告花島が、被告会社の被用者として業務に従事中、その過失により原告に本件損害を及ぼしたものであること前説示のとおりであるから,被告会社は、原告に対し、被告花島と同一の責に任ずべきものであるといわざるをえない。  以上のとおりであるから、被告等は原告に対し各自財産上の損害賠償及び慰謝料の合計額として金五万円並びに訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三五年一〇月二八日から支払済に至るまで右金額に対する民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、その履行を求める原告の本訴請求は右認定の限度で正当であるからこれを認容することにするが、その余は失当であるからこれを棄却することにし訴訟費用については民事訴訟法第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北村良一 裁判官 後藤静思 裁判官 金沢英一)

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